ヰタ・セクスアリス…のようなもの

最初はINTRODUCTIONに入れていた自己紹介的な文章ですが、どうもあそこに置いとくのもコウルサい感じがしましたので、ブログの方に移動します。


思い返すと思春期…あるいはそれ以前から、悲恋モノが好きだったように思います。
見た目が子供っぽい割には早熟で、小学生の頃からエロっぽいモノも色々見てたような気がしますが、
今になって記憶を手繰ると真っ先に出てくるのはアダルトもの成人ものではない、一般小説やマンガの中に時折垣間見えるエロティックなシーンに異様にドキドキと酩酊していた想い出ですね。
山岸涼子先生の『日出処の天子』の刀自古郎女とか、中学の図書館で借りて読んでた志賀直哉の『暗夜行路』に突然出てきた奥さんの浮気場面とか、あのあたりが僕のヰタ・セクスアリスかなぁ…なんて思います。

愛する人に愛されない悲痛だとか、想う人が奪われる絶望だとか、それで自棄になって道を踏み間違えてしまう人の弱さだとか、、、
そういうのに心が震えるというか、気持ちに食い込まれるというか。

何でなんでしょうね? 自分にもよく分かりませんw

昔から下着ドロや痴漢といった、社会的認知を受けられない性癖を持った人たちのやらかす事件等々目にしてしばしば感じていたのは、
「あぁ俺は少なくとも法的に赦されないこの手の性的嗜好じゃなくてヨカッタ」みたいな、やはりこうして言葉にしてみるとどこか歪な、上から目線の同情と憐憫と嘲笑の混じり合った感情でした。
ただ……そういう人たちがそういう性癖なのも、僕がこういう体質なのも、殊更自分の意志で選んでそうなったって自覚はないんですよね。
きっと性癖に関しては、正常者も“異常者”と言われる人たちも、みんな「気付けばそういうのが好きだった。」
たとえばそれが「病的」なモノで「矯正」出来るモノであったとしても、その結果自分が変わってしまうということは、それ以前の自分は「喪失」されるコトになるわけで、そこにはやっぱり、何らかの哀しみが伴うように思えて。
その「矯正」がもたらす幸福がもしあったとしても、歪みを抱えたまま煩悶する人生に比べたら、或いはずっと薄っぺらいモノになってしまわざるを得ないんじゃないか………なんてね。
つまりもうこりゃ今更ど~しょ~もないな~、と諦めて開き直ってそういう自分の変態性も愛でてやろう、よしッエロゲ作るぞ!と決意したのがごくごく最近のコト、当サークル誕生の経緯であります。

「壁と卵があったら、壁にグチャッとぶつけられて割れた殻からドロドロ内容物を壁面に滴らせる、そんな卵の側に立ちたい!」

………そうしてその壁に伝い流れる黄色い粘液を指で掬い上げ、口に咥えて舐めしゃぶる。
当サークルで作っているのはそういう最低の人間のリビドー垂れ流しの成人ゲーム、ということで、内容についてはご想像くださいwwwwwwww


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